戦闘そのものは終了していますが、
場に残ったヴィルトを回収する、という一手間がある為。
これで最後です。
mixiへUPしたものより長くなってます。あちらへは、こちらの身内事情を入れないようにしたので、その分。
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ふわりと、漆黒の髪を揺らし、何も無い空間に降り立つ。
「修行部屋」。その名の通り、他にも数人が刃を交えているのだろう、微かな音が聞こえた。
視認できる範囲には居ないようだが――
目は良い方だ。辺りを見回し、徐々に土色に変わっていく地面の先――…視界に入る、銀の髪。
「……ヴィルト、さ……」
すぐさま、異常に気が付いた。駆け寄って、彼の傍に屈みこむ。
「何これ…何で、こんな……。っヴィルトさん! ヴィルトさん、大丈夫ですか!?」
砕けた岩の断片にもたれかかっていたのだろう、滑り落ちたように横たわっていた。刺激しないようにそっと抱き起こす。
ゆっくりと、長い睫毛が持ち上がり、
「……グ、レイ…ス……」
しかし、こちらを見ることなく、呟いた。
生死は彼のまとう魔力で解ったが、声の反応があったことで、安堵の溜息が小さく漏れた。
「…良かった、意識はあるんですね。一体、どうして……」
「…………」
次の言葉には返事が無い。それだけの体力も気力も無いのだろう。
左肩を中心に出血が酷い。服の色に紛れて視認し辛いが、相当量の血を失っているらしかった。
裂けた衣服、そこから覗く、決して浅いとは言えない傷。
見える所から治そうと肩に手を当てる。すると、それだけでも響くのか、苦痛に顔を歪ませた。
「ごめんなさい。治しますから、少し、我慢してください」
「……お前、が……オレ、を……?」
自嘲気味に笑って、そう零す。その声にも、いつもの覇気が無い。痛みを堪える為か、呼吸も途切れ途切れだった。
「そんなこと、言ってる場合ですか」
「――っぐ、う……っ!」
「……っと、ごめんなさい」
回復呪文は掛けるのを急ぐと苦痛を伴う。つい焦りで加減を間違えた。
今一度調整し直す。
「……何で、こんなことになってるんですか。何で、ここまで……」
バカじゃないの、と、喉元まで来た言葉は飲み込んだ。
ふ、と、微かに笑ったような吐息。
今気付いた。体が冷たい。血を失い過ぎた為か。
改めて見ると、肌蹴た首に、咬み跡。
「……ヴァンパイア?」
「…………」
答えない。それは、肯定と見た。
一瞬、吸血鬼化の可能性が頭を過ったが、彼の気配にはいつも通り、変化が無い。恐らく、本当にただ血を吸われただけだろう。
この失血量に加えて、となると――
回復に合わせて、周囲に炎系の術を軽く掛ける。体を温める効果はある筈だ。
ただ、
「……っ」
体温が上がれば拍動も活発になる。助長された痛みに力無く身じろいだ。
痛みを緩和する術も心得てはいるが、彼がそれを好まないことも知っていた。
は、は、と、小刻みに息を吐き出す。
何の意図も無かった。汗で頬に張り付いた髪を、何となく避ける。こちらも所々、血で固まっていた。
「い、てぇ……っ」
今頃。
「そりゃそうでしょうよ、これだけ刺されていればね」
けれど、口に出せるということは、それだけ余裕が出てきたということ。
今は傷を塞ぐだけにする。完治は、帰ってからゆっくりやればいい。
そう思って、脚や腹、額、全体的な治癒に切り替えた。
「心配、してましたよ、みなさん。……貴方が中々帰ってこないから……」
「……一応…心配…して、くれたのか……」
冗談交じりにそんなことを言う。あのパーティは全員、普段から彼には全面の信頼を置いており、多少何かあったくらいでは、多少帰宅が遅いくらいでは、さほど心配しない。「ヴィルトなら何とかするだろう」そう思っているからだ。
そう思っているのは自分達の勝手で、ヴィルト自身にもそう認識されていて当然なのだが、でも今の彼の態度に少し腹立たしさを覚えた。
けれど、それに対して文句を言うより先に、
「――っみんな、には…言わないで…くれ……」
「――え?」
「……この、こと……黙ってて…くれる、か……? ……ほら、カッコ……悪い…だろ…………」
そんなことを気にする人じゃない。
本心なんてわかってる。心配をかけたくないんだ。皆の前では、彼は万能でなくてはならないから。
……そんなに、頼りない?
けど、自分がそれを言うのは筋違いだ。自分は彼の庇護下に無い。
「…………わかりました」
それだけを口にした。
「……助かる……」
安心したような、それでいて弱々しい声。そこまでして強がらなければならない理由が、自分には解らなかった。
「傷…完治までは段階を置きますから。それまで精々バレないように頑張ってください」
憎まれ口を叩く。自分の立ち位置としては、それが望ましいだろう。
微笑みは、了承。
「服……帰ったら洗います。……そうすれば、悟られずに片付くでしょう」
良かったですね、僕が家事担当で。
「ああ」とだけ、短く返す。思えば、これだけ穏やかな声で話してくれることが、今までにどれくらいあったろうか。
こんな時でなければ、という思いが脳を掠め、下らない感傷は振り払った。
「バカバカしい……」
「……バカだよ、どうせ……」
貴方のことじゃない。
帰ったら、まずは彼を部屋へ運ぶ。自分には空間転移がある。こういう時は便利だった。
恐らく早朝になるだろうから、時間を見計らわないとアヤが起きてくる。それまでに服を片付けなければ。
いや、そんな時間から洗濯している方が不自然だろう。なら、いつもの時間まで部屋に隠し持っておくのが得策か。
考えてみればこの血の量だ、ヴィルトの体にも付いているだろう。だったら風呂の準備も要る。流石にそれは音で気付かれてしまう。
……音を封じる結界、久々だが使ってみるか? 大聖堂一つ吹き飛ばしても、周囲に気付かれない程の消音力、自信はあった。
ああ、めんどくさい。何で自分がこんな手間を。
手元には、何処か安らいだように目を伏せたヴィルト。
何寝てるんだよ、もう一回、今度は氷柱で串刺してやろうか。
とりとめのないことを考えながら、それでも、回復呪文の手は緩めないように気を配っていた。
時間にして数分。
未だ剣戟の聞こえるここでは、いつまた飛び火してきてもおかしくは無い。防ぎ切る自信はあったが、それに気を取られるのも煩わしかった。
帰ろう。
いつも自分にそうしてくれるように、抱え上げようと腕を回す。
「……アレ」
顔を上げず、左手の僅かな動きだけで指し示す。その先には、少し離れた所で無造作に転がったハルバード。
「…………悪い……拾っとい、て…くれ……」
魔力で引き寄せる。微かに残るヴィルトの魔力と、グリップには血痕が見て取れた。……重い。こんなもので、やり合ってた?
慣れない武器で、一体どういう状況なんだか。
問い詰めはしない。今なら答えてくれるかもしれないが、自分から言わないのなら態々引き出すつもりも無かった。
突き立った小ぶりの短剣には覚えがある。取り敢えず自分の腰紐に差して、刀を拾い、これは彼の腰に据えた鞘に収める。
ハルバード片手に今一度抱え直し、転移距離を測ろうと気を集中させる。
揺らめいた銀の髪からはいつもの香ではなく、ただ血の匂いが、鼻についた。
座標が定め辛い。魔力の流れが、明らかに異質。
「目を、閉じて。何も考えないで下さい。動かないで」
「…………動、…る……か、よ…………」
もう、声が殆ど聞こえない。
自分達を魔力で多重に覆い、教会を目標に空間転移。
詠唱すらも必要無い、音も無く、何処かの岩石遺跡と化した大地を後に、二人の姿は虚空にかき消えた。
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