「あ、サール、これ料理頼む。フライがいいな、俺」
領主の一人息子ルイはそういって担いでいた大きな魚を窓越しに放り投げて満面の笑みを浮かべた。
思わず受けとめたがずっしりとした重量にレクサールはたたらを踏んでしまった。
これならフライにしてもお釣りがあるだろう、残りは塩漬けにして保存食に回せる。ありがたい、冬の準備はまだまだなのだから。
素早くあれこれ思案してる間にルイはひらりと窓から入ってきた。
澄み切った青空のような瞳、太陽の光を集めたような金髪。通った鼻筋と形の良い唇。つくづく奥様に似てよかったと思わせる顔立ちなのだが・・・
瞳の上のほうに赤く腫れあがったミミズ腫れを作り、せっかくの金髪はもつれきって葉っぱをつけている上に、鼻の頭は日焼けで皮がむけ、唇は山葡萄を食べたのだろう紫色に染まっている。
これでは美少年と言うよりガキ大将としか言えない。おまけにはだしの足は泥んこだ。
「何遍同じ注意させますか、ルイ様。そこは玄関じゃないと口をすっぱくして私めが申しておりますのに全然改めてくださらないのですね。そのようなはしたない真似はご先祖様に申し訳ないと思いませんか」
「何よりまず足を洗ってくださいませ。せっかく掃除しましたのに足跡だらけじゃありませんか!ああ、動かないでください、今洗い水をお持ちしますのでそこの椅子に腰掛けていてください」
いつまでも続きそうな小言をさえぎって珍しくルイが言葉を挟む。普段はどこ吹く風でまったく聞いちゃいない。
「あ~~悪い。それより親父がサールも呼んできてくれってさ!」
「わかりました。ルイ様もお着替えください。」
レクサールは慣れた動作で素早くルイの身支度を整える。傷口を消毒し髪をとかし足を洗わせ着替えさす。この間2分。素早すぎる・・・日常茶飯事なので慣れたものだ。
ルイの母親は産後の肥立ちが悪く寝込んでいたためルイの世話はもっぱらレクサールの役目だったがそれが悪かったのだろう。もちろん着替えはもちろん身の回りのこと一通りルイは出来る。貴族にありがちなしてもらって当たり前な育ちはしていない。要はレクサールに甘えてるのだ。
「大事な話があるってさ」
その言葉にレクサールは身を引き締める。ルイは16歳、そろそろ貴族として社交界とか本気で考えなくてはいけない年だ。が、このままでは笑われてしまう。教養やたしなみ、何より衣装とか用意するために先立つ物が無いのだ。
・・・最も笑われっぱなしで泣き寝入りするようなルイではない。相手が参りましたと土下座するまで徹底的にやり返すだろう。心配を通り越して無謀としか思えない。もし、デビューに関してのことならどうすれば良いのだろうか。
思い悩みながら歩いていたので、うっかりだんな様の部屋を通り過ぎてしまうところだった。いけない。
「失礼します。」
取っ手が緩んだドアをそっと開けると深刻な顔をしただんな様が外を眺めていた。
普段は皺の中に目が隠れるような笑顔を絶やさないだんな様のこんな顔を見たのは何年ぶりだろうか。いよいよこれは社交界の話かもしれない。
レクサールは覚悟を決めてつばを飲み込んだ。鼻くそをほじろうとしたルイの足を素早く踏みながら。