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新田真子さんの公開日記

2011年
04月06日
03:59
怪獣映画はSFではなく怪獣映画なのだ。というわけで、怪獣映画ではないSF映画。

それ(SF)と意識して最初に読んだSF小説は、A.E.ヴァン・ヴォークトの「宇宙船ビーグル号の冒険」。理由は単純。宇宙怪獣が出てくるから。どこまで怪獣なんだオレは。子供向けにリライトされたもので、ケアルとイクストルの章だけの本だった。もちろんしばらく後で創元推理文庫版も読んだですともよ。とにかく、その辺まではなにかにつけ怪獣を必要としていたが、そのうち別に怪獣が出てこなくてもSF映画(小説もね)は面白いということに気が付いた。それでも宇宙船や宇宙怪獣が出ててくるとうれしくなってしまうのは、今も変わらない。
とにかく、SFだ。なにをもってSFを定義するかは難しい問題でもある。でも、その時にはありえない科学や、そのときより未来を描いていれば、SFといってもいいだろう。ただ未来メカ抜きで想像上の生き物が出てくるような映画は現在ではファンタジーに個別分類できるが70年代まではそういう映画は数が少なかったので、SF・ファンタジーという区切りにすることにしました。SF・ファンタジーでもミュージカルはまた別ということで。「スターウォーズ」以降の映画や、時期的には該当してもそれ以後にTV,ビデオ、LDなどで観た記憶のあるものは別にしました。

では。これまた多少の記憶違いなど問題じゃないね。
「宇宙戦争」いうまでもなくH.G.ウエルズの同名SF小説の映画化。火星人が地球に攻めてくるなんてのはもう常識といっていいくらいのことだった。いやもう、地球に責めてこない火星人なんているはずがない、と言ってもいい。技術的制約で原作にある三本足の歩行機械というものとはかなり違うデザインになった火星人の戦闘機械ウォーマシンは、それでもSFメカの名デザイン。最近同じタイトル「宇宙戦争」でリメイクされましたね。ウォーマシンは原作に近くなったけど、ダメオヤジがんばれ映画になっていたのでちょっとね。できれば人類対火星人の戦いを19世紀を舞台に見たかった。正体は明かされないが、21世紀にもなって(宇宙人には関係ないか)宇宙船で地球へ攻めてきたくせに、防疫という概念がないので、やっぱりあいつらは火星人だったにちがいない。トム・クルーズの娘役は「アイム・サム」でショーン・ペンを相手に名演技を披露した天才子役のダコタ・ファニング。「コララインとボタンの魔女」でコララインの声を演じてます。
「禁断の惑星」人里はなれた森の中じゃなくて、宇宙の星でたった一人、密かに研究を続ける老科学者と、その美人の令嬢。そこへ血気盛んな宇宙パトロールの若者が乗り込んでくる、というあたりまではほぼ、ゴシック小説の設定を宇宙に置き換えたものだと言ってもいい。がしかし、その星に埋もれた人類を超える科学文明の滅亡の謎や、博士に忠実なイゴール、じゃなくて、ロボット・ロビー、古代人の亡霊ではなくイドの怪物など、SF的設定がちりばめてあるのでついSFだと思ってしまうのだった。もちろんSF映画ですよ。つまりファンタジーの内容を宇宙に置き換えるという「スターウォーズ」のお手本となった映画。主人に忠実なロボット・ロビーは、TVシリーズ「宇宙家族ロビンソン」のロボット・フライデイと共に大人気。「キャプテン・ウルトラ」のロボット・ハックになるわ、「スターウォーズ」のC3POとR2D2になるわ、「ブラックホール」のマクシミリアンになるわ、「アトミック・ベティ」のロボット・X-5にもなるわと、SFロボットの方向性を決定付けた。
「博士の異常な愛情 または如何にして私は心配するのを止め爆弾を愛するようになったか」世界が東西陣営にわかれ冷戦たけなわころ。共産圏の先制攻撃を恐れるあまり頭のネジがとんでしまったある基地の司令官が、アメリカ戦略空軍機にソ連攻撃のにせ命令をだしてしまい、アメリカ軍と政府は大弱り。なんとか事態を収拾しようと悪戦苦闘するが、水爆を積んだB-52爆撃機隊は刻一刻と爆弾投下目標に近づいていくのだった。核攻撃による地球破滅の危機をブラックな笑いで包んだ、旧ドイツの科学者ストレンジラブ博士のキチガ○っぷりが素敵過ぎる、破滅テーマSFの傑作。ラストの歌が皮肉たっぷりでいいんだわ。
「ミクロの決死圏」ある科学者の命を救うため外科手術不可能な病巣を取り除くべく、選ばれた治療チームが縮小装置でミクロ大になり、特殊潜航艇で患者の体内に潜入、患部を中から取り除こうとする。縮小効果は1時間。しかし、思いも寄らぬ事態が治療チームに次々と襲い掛かるのだった。果たしてチームは無事任務を遂げることが出来るのか。後に山のようにリスペクト使用されることになる人体潜行ものの親玉。時期的には手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」の同様のエピソードが先行しているが、この映画の方が遥かに影響は大。潜航艇プロメテウス号は名デザイン。ピッタリスーツのヒロイン、紅一点の看護婦のラクウエル・ウェルチがちょっと色っぽすぎますね。
「アンドロメダ・・・」あるアメリカの田舎町で一夜にしてほぼすべての住人が死亡する事件が起きた。生き残ったのはアルコール中毒の老人とまだ生まれたばかりの赤ん坊のみ。緊急事態に召集された分析チームは高レベル危険物取り扱いのため地下につくらた研究施設で事件解明に当たるが、彼らが発見したのは地球上には存在しない宇宙から来た細菌大の生命体だった。人間を死に至らしめるこの生物に晒されてなぜ、正反対の2人だけが生き残ったのか。人類に滅亡をもたらしかねないこの生物のメカニズムを解き明かすことができるのか。宇宙生命体の謎に科学者チームが挑む本格SF。地下に作られた研究施設や、細菌の外界への漏洩を防ぐために最終手段として核爆破が用意されるなど、後の映画「バイオハザード」のお手本。映画はいわば本格ミステリーSFで、ドキュメンタリー・タッチのサスペンス溢れる演出がすばらしい。後にヒット作を連発するマイケル・クライトン作品の初映画化。
「華氏451度」人々に不必要な知識、情報、そして感動を与える「本」が禁止された未来世界。本の所持は重罪で、すべての「本」は発見され次第焼却処理されるのだった。しかしファイヤーマン(焚書官)の主人公は、任務の最中に手に入れた「本」に次第にひきつけられてていく。レイ・ブラッドベリの同名のデストピア(反理想郷)テーマの小説の映画化。後の「リベリオン」のお手本。主人公が通勤に使うモノレールがかっこよくてね、きっと映画のセットじゃなくて本物なんだろうなあ。
「バーバレラ」強力な破壊光線を発明した科学者デュラン・デュランの行方を捜すバーバレラのちょいとエロスな冒険を描く大人のスペースオペラ。細かいところは憶えていないが、なにかにつけエロスなことを(ただし裸はでてこない)やっていた。とりあえず、世の中の30年先をいっていたことは確か。
「猿の惑星」「続猿の惑星」「新猿の惑星」「猿の惑星征服」「最後の猿の惑星」SF映画史上にのこる傑作シリーズ。ただし面白いのは3作目まで。「無印」地球から飛び立った宇宙船が遭難。不時着したところはなんと、猿が支配し野生の人が奴隷として狩られてる猿の惑星だった。驚愕のラストシーンがあまりに有名。「続」遭難した宇宙船の行方を追って地球から飛び立った捜索隊が、これも猿の惑星に不時着。しかし、そこでは猿と禁断の地に住むミュータントたちの戦争が始まろうとしていたのだった。これまたびっくりのラストシーンが有名。この映画のおかげで一時期コバルト爆弾というSF核爆弾がはやったのだが、そんなもの核爆発するわけねえだろという科学的事実が判明するといつの間にか歴史の闇に消えてしまったのだった。「新」現代(1970年代)の地球に遭難したと思われた宇宙船が帰還する。開けてびっくり。乗っていたのは猿だったというお話。なぜなのかはネタバレなので言わない。「征服」読んで字のごとく、猿が地球を征服する話。「最後」読んで字のごとく、もういいだろうということで最終回をむかえたシリーズ、というお話。うむ、そんなところでいいだろう。無印は「ベン・ハー」のチャールトン・ヘストンが主演。これ以降ゲテモノ映画の代名詞だったSFに有名俳優が出演するようになったらしいですよ。
「ソイレントグリーン」人口爆発で食料も満足になく、老齢期に入った者には安楽死が勧められる未来世界。人々は自然食品ではなく政府が支給するソイレント・グリーンという合成食料でなんとか生きながらえていた。しかし、そのソイレント・グリーンの実体は・・・。わりかし安い映画だけど、それなりにおもしろい。「猿の惑星」でSFデビューした名優チャールトン・ヘストン主演作。このひとは意外と役を選ばないようで、戦争映画編で書いた「ミッドウェー」にも出演している。今のサミュエル・L・ジャクソンかモーガン・フリーマンみたい、っていったら悪かろうか、ケビン・コスナーじゃどうだろう。クリストファー・ウォーケンじゃだめ?それじゃあねえ、あ、いかんいかん。
「ウエストワールド」「未来世界」デロスワールドという未来のテーマパークを舞台にした2部作。人間型ロボットを相手に様々なアトラクションを楽しめるテーマパーク、デロスワールド。そこで人間の相手をする精巧なアンドロイドたちが狂いだし、片っ端から人間を殺し始めた。主人公は西部劇世界で黒ずくめのガンマンロボに追い詰められてゆく、というどう見てもディズニーランドのパロディ的SF。後の「ターミネーター」のおじいさんであるロボット役のユル・ブリンナーが「荒野の七人」そっくりの衣装で登場する。「未来世界」前回で大変なことになってしまったデロスワールドだったが今度は心を入れ替え(悪いほうに)遊びに来た人間とそっくりロボットを入れ替えて世界を征服しちゃおうぜ、というおはなし。まあ、やってることはディズニーと大差ないといえばいえるんじゃなかろうか。
「惑星ソラリス」巨大な海が表面をおおう惑星ソラリス。その衛星軌道上を回る観測衛星の乗組員たちの前にそれぞれの深層心理が実体化した幻覚が現れ仕事どころではなくなってしまうのだった。一体その原因は。正直、幻覚の女性のエロスな部分くらいしか覚えていないのだった。なにしろかなりのんびりした作品なのだ。半分くらいの長さでいいんじゃないのかなあ。後にリメイクされましたが、オリジナルに比べれば多少ましかもしれない。スタニスワフ・レムの同名のSF小説の映画化。小説は面白いんですよ。つまり小説向きのお話なんでしょうね。
「殺人ブルドーザー」ある島の建設現場に落ちてきた隕石に触れたブルドーザーが意思をもち、現場の人間を片っ端から血祭りに上げるという、ある意味「地獄のデビルトラック」「クリスティーン」を先取りした奇想天外すぎる名作。ラストのブルドーザー対パワーショベルの手に汗握る攻防戦はもう一度見たら忘れられないのだ。実はTV用映画で、戦争映画編で書いた「戦闘機対戦車」と同じ雰囲気なのだ。なんだかわかんないけどおもしろそうだからとりあえず映像にしてみてから考えようや、みたいなアメリカのパワーを感じる作品。どうみてもいいかげんな作品なのにたしかS.スタージョン(大物SF作家)あたりの人の脚本(か原作)でびっくり。
「人食いアメーバの恐怖(マックイーンの絶対の危機)」「人食いアメーバの恐怖No2」宇宙から来た謎の物体は人間とみれば何でもかんでも食べまくり、食えば食うほど大きくなる困ったアメーバだった。そのアメーバに襲われることになった不運な田舎町での人類の存亡をかけた戦いを描くSFの名作。「2」はもうちょっとコメディ色が強くなってた気がする。ラストの解決場面もけっこういい加減でわたしは好きだ。これも「ブロブ」(旧作の原題でもある)のタイトルでリメイクされましたが、リメイク版も十分面白かった。
「サイレントランニング」地球から自然が失われ、植物はわずかに木星軌道を回る宇宙船3隻に搭載されたドームの中に残るのみ。ほとんど閑職のようなこの任務にそれでも人付き合いの苦手な主人公は植物を愛し、まじめに取り組むのだが、地球からは植物を破棄し地球へ帰還せよとの命令が届くのだった。その時主人公の取った行動は・・・。宇宙船ヴァリー・フォージのデザインがかっこいい。ただひとつ生き残った植物ドームを遠くに眺めるラストシーンはSF映画名場面のひとつ。
「人類SOS」観たことは憶えているのだがいまいちはっきり思い出せない。くやしいなあ。「トリフィドの日」という小説の映画化。
「地球爆破作戦」東西冷戦の最中、アメリカは危機管理のための巨大コンピューターを開発(今ではほぼ冗談になってしまったが、かなり最近まで万能巨大コンピュータというのはSFガジェットの必需品のような存在だった)。コロッサスと名づけられた学習型コンピューターは稼動をはじめると設計者の予想を超えて活動を拡大。ソ連にも同様のコンピューター、ガーディアンの存在を確認すると、共同して自らの使命を果たそうとするのだった。コンピューターはいわれたことをやってるだけで悪くない、というのがいいんだな。
「シンドバッド七回目の航海」「シンドバッド黄金の航海」「シンドバッド虎の目大冒険」ご存知英雄シンドバッドの冒険を描く、レイ・ハリーハウゼンのストップモーションアニメーションと実写を合成した特撮シーンが冴え渡る名作。一つ目巨人がでてきたり、恐竜が出てきたり、サーベルタイガーがでてきたり、モンスターてんこ盛り。でもどれがどれやらわからなくなってしまっているので、ひとまとめにしてしまったんですよ。とほほ。怪獣に分類しないのはけっこうあっさりやられてしまったり、神話のモンスターだったりで、怪獣とはいちがいに言いがたいかなと思って。
「アルゴ探検隊の冒険」こちらはギリシャ神話がベース。黄金の羊の毛を求めて海へ乗り出すイアソンとアルゴ号の仲間たちの冒険を描く。これまたモンスターてんこ盛りだが、なかでもガイコツ戦士とのちゃんばらシーンはめちゃめちゃすごいのだった。
「渚にて」ついに核戦争が勃発。北半球世界は壊滅した。唯一生き残ったアメリカ海軍の潜水艦はまだ健在だったオーストラリアに入港。その後北半球の調査に出向くが、北半球で彼らの呼びかけに答えるものは残っていなかった。そしてオーストラリアに生き残った人々の上にも、放射性物質降下による死が迫りつつあった。核戦争後の人類滅亡までを描くネビル・シュートの同名の破滅テーマSF小説の傑作の映画化。これまたラストが印象的。最近TVのミニシリーズとして映像化されたが、やっぱり映画の方がいいんじゃないかな。
「地球最後の男オメガマン」人類は謎のウィルスで滅亡。しかし唯一生き残った男が見たものは、ウィルスによってミュータントと化した人類だった。1度しか見たことがないのでこれもあまり内容を覚えていないが、ラストがやっぱり好きだった。もはやハリウッド一のSF俳優となったチャールトン・ヘストン主演。リチャード・マシスンの小説の2度目の映画化。これも最近「アイ・アム・レジェンド」として3度目の映画化になりましたね。でも小説通りの映画は初めのものだけ。
「海底2万マイル」これまた子供のころ一度っきりしか見たことがないので、内容は特に覚えていないんだな。ネモ船長のノーチラス号(ディズニー・シーにあるやつね)のデザインが秀逸。原作はH・G・ウエルズとならぶ19世紀SF作家の雄ジュール・ヴェルヌ。
「恐竜グワンジ」これまた子供のころ一度っきり観ただけなのでどうにもくわしい内容は思い出せないが、カウボーイが寄ってたかって投げ縄でグワンジ(多分ティラノザウルス)を捕まえようと悪戦苦闘というシーンは覚えてる。
「放射能X」核実験による放射能の影響(この言葉は長く魔法の呪文だった、さすがに今は気軽に使えるものじゃなくなりましたね)で数メートルの大きさに巨大化したアリが人間を襲撃。まだアース製薬・蟻の巣コロリのないアメリカでは軍隊を動員して蟻撲滅を図るが、蟻もさるもの。砂漠から下水道の発達した都市の地下に巣をかまえて、人間に対抗。蟻と人間の戦いはどちらに軍配が。これまた子供のころ見たっきりあまり細かいところは思い出せないのだがけっこう面白かったはず。機会があればもう一回観たい。
「恐竜100万年」原始人ルックのラクウェル・ウェルチ(ミクロの決死圏にも出てましたね)が色っぽいこと意外特にないんじゃないのかな。恐竜と原始人が一緒に暮らしている世界(仲良くではない)という、ハンナ・バーバラ的世界をシリアスタッチで描こうとしたけどそうは問屋が卸さなかったという映画。恐竜は爬虫類にちょっと手を加えたていどのものを合成やカメラワークで巨大っぽくみせてるだけで、怪獣ファンにもあまりありがたくないものだったはず。
「2300年未来の旅」世界戦争後の未来世界では全てがマザーコンピューターに管理され(お、やっとこういうSFが出てきましたね、ありそうで実はそんなに多くないのだな)ドームの中だけが人類に残された世界のはずだった、が、外に出てみたら全然平気じゃん、というお話。コンピューター支配に対向するレジスタンスとかもいたり、主人公は元政府側という、あれこれ煮込んだわりには水を入れすぎたような映画。ヒロインの衣装はエロスでよかったけどね。SFヒロインの未来的ファッションはエロスなコスチュームというのもSFのお約束なのだな。
「未来惑星ザルドス」荒野での野蛮な中世以前の生活に戻った人類。彼らの前には定期的にザルドスと呼ばれる巨大な頭(なんだからしょうがない)が現れ彼らが作った食料を搾取してゆく、代わりに彼らを管理するグループのために武器などを置いていくことで彼らを支配しているのだった。ザルドスとは実は輸送ロボットで科学文明を維持している少数の不老不死のエリート人類の道具だったのだ。007を卒業したショーン・コネリーがあれこれ苦労していた時期の主演作。顔ロボット輸送機・ザルドスはインパクト満点。これしか憶えていない人も多いと言うくらい内容はたいしたことはなかったのだった。あれま。
「ローラーボール」少数の巨大企業が世界を支配する未来世界。人類最大の娯楽はローラーボールと呼ばれる暴力的なチーム格闘ゲーム。その生きた伝説である主人公は余りの人気のため企業から疎まれ、ゲームを利用して命を狙われる。英雄には死を、というテーマはその後もあちこちで使われることになりましたね。当時世界的人気(現在でもアメリカでは興行されている)のローラーゲームを基にしたゲームシーンはなかなかの迫力だった。ルールはよくわかんなかったけど。これも最近リメイクされましたが、やっぱりいまいちだったなあ。余計な要素をいれなければいいのに。
「X線の目を持つ男」ある科学者が発明した目薬は何でも物をすかしてみることが出来るようになるという夢の大発明。ところが副作用があることで、友人に使用をたしなめられると、つい殺してしまい殺人犯として逃亡するはめに。このへんのいきさつは良く憶えていない。透視目薬の効力で怪しい預言者としてあちこちドサ回りの逃亡生活をするが、次第に透視の力が制御不能になってなんでもかんでも透けまくって困り果ててしまうのだった。何事もほどほどにということですね。
「世界が燃え尽きる日」核戦争で文明が滅び去った地球。人類が暮らせる北の地を目指して生き残った人々が放射能で汚染された悪夢の荒野を旅するロードムービー。主人公はなんといっても実車で作られたメカ、ランドマスター号。巨大サソリとかいかにもなモンスターも出てくるが、まあしょうがあるまい。
「魔獣大陸」サルガッソー海で遭難した船の乗組員が見たものは怪物いっぱいの島とそこに住むちょっとおかしな連中だった、くらいしか憶えていないが、ヤドカリ怪獣や、サルガッソーの海草怪獣(難破船の船底に穴を開けて、そこに放り込まれた生贄をぱくっと食べるわけ)は憶えている。TV放映の時は「大怪獣タコヘドラの逆襲」という、当時の怪獣ブームをあてこんだタイトルだったのだが、その効果は少なくともここに一人分はあったのだった。
「フランケンシュタイン」は、ホラー映画ということにしました。
「Mr.オセロマン二つの顔を持つ男」天才科学者が癌かなにかで死にそうになったので、頭を移植する健康な体が見つかるまでとりあえず手近なところで死刑囚の身体にくっつけとこうか、と思ったらそいつは黒人だった、ということで黒人の頭と白人の頭の二つの頭をもつオセロマンが誕生したのだった。いや、マジで。オセロマンは実は二人羽織(実は、じゃねえよ、観りゃわかるだろ)状態という無茶な映像が展開するのだった。これまたとりあえず作っちゃおうぜ、というアメリカ映画のまちがったパワーだけは感じる映画。
「2001年宇宙の旅」いわずと知れたSF映画の傑作。スタンリー・キューブリック節が炸裂した映像はいまでもSF映画の名シーンだらけ。つーかもう全部が名シーン。現在までのSF映画の中でももっとも「物理的」に正確であろうとした、唯一のSF映画。執念ですね。公開されたのはアポロが月へ行くより前、という事実もこの映画のすごさを物語る。CGのない時代どうやってこれらの映像を撮影したのかと考えると圧倒される。主人公ボウマン船長を差し置いてもっとも有名なのはコンピューターHAL9000。この映画以降、コンピューターが機能停止する時には「デ~イジ~、デ~イジ~」と「デイジー・ベル」を歌うことが法律で決められた。
「地球最後の日」地球へ向けて地球とほぼ同サイズの二連星が接近、ひとつは地球と衝突し地球と共に消滅、残るひとつが地球の軌道上に残ることが判明。人類が生き残る道は宇宙へ逃れ、衝突後残った星へ移住するしかない。人類存亡をかけた移住計画と生き残りをかけたパニックを描くSF映画の名作。乗船人数に限りがある移住ロケットにはくじで選ばれたものしか乗ることが出来ない。それを巡ってのドラマはこれまた後の映画に多くの影響を与えた。東宝特撮「妖星ゴラス」の元ネタ。
「日本沈没」地殻の大規模な変動で日本列島の大部分は太平洋に沈むという大胆な仮説を発表した田所博士は、その事実を確かめるため日本海溝へ調査に赴くがそこで見たものは、仮設を裏付けるものだった。そして日本には地震・津波・火山の爆発など天変地異が襲い掛かるのだった。日本列島消滅と日本民族の脱出を描くSFパニック映画。大震災に見舞われた首都東京では避難民が皇居前広場に溢れ、その報告を聞いた総理大臣丹波哲郎(役名は忘れた。丹波は丹波なのだ)の「門を開けてください、門を開けて避難者を皇居に入れてください」という素早い決断と名台詞は余りにもかっこいい総理像として、観客の心に刻まれるのだった。今の日本政府にもぜひ見習ってもらいたい。田所博士のキチガ○っぷりもかっこいいぞ。
「エスパイ」超能力を持つメンバーで構成されたスパイ組織エスパイ。同じく超能力を持ち世界征服をねらうウルロフ。両者の壮絶なESPバトルを描くのかとおもったら意外とそうでもない、という映画。藤岡弘演ずる主人公がテレポーテーションする場面では場内大爆笑だった(劇場で見たんだから事実なのだ)。後の「さよならジュピター」といいこれ以降の日本SF映画のイマジネーションの限界を思い知らされる作品なのだった。ヒロインの由美かおるは素敵。
「惑星大戦争」これを東宝特撮に加えると言うのは東宝円谷特撮を観て育ったものにとってまことに忸怩たる思いなのだが東宝が作っちゃったんだからしょうがない。いいかげんにしろ。ある日宇宙からなぜか古代ローマかぶれの変な連中がやってきてUFOで地球を攻撃。怒った地球人はスーパーメカ轟天を作りこらしめてやろうと宇宙人がいる金星へ。そこで宇宙人の大魔艦と壮絶な戦いをくりひろげるはずだったのだが、観ているものには悪い冗談にしか思えなかったのだった。世界的話題の「スターウォーズ」の便乗映画なのでそんなもんだ。当時この作品に携わったある人物の「スターウォーズ」から学ぶものは何もなかった、という言葉は嘘か本当かしらないがSF映画マニアの間では有名。そりゃそうだろう。こんな映画撮っちゃう人はどんな映画観たって学ぶわけねえよ、と言うくらいの名作。しまった、キーボードをうちそこなった。ヒロインの浅野ゆうこは素敵。
「宇宙からのメッセージ」これも「スターウォーズ」の便乗企画だが、「惑星大戦争」よりはまし。程度の問題ですけれど。宇宙支配をもくろむ帝国ガバナスの侵略を受けて惑星ジルーシアから宇宙に散らばる勇者たちのもとにリアベの実が放たれた。それを受け取った8人の勇者たちは、ジルーシアを脱出したエメラリーダの元に集まりガバナスに戦いを挑むのだった、という八犬伝がベースの物語。千葉真一が颯爽と馬で登場したときには場内大爆笑だった。プロットやキャラクター設定などはそう悪くはないのだが、映画にしたらだめだったという残念な作品。ガバナス戦艦はそこそこかっこいいのだが、特撮の多くが東映TVシリーズのものと大差ないレベルなのでこれもちょっとがっかり。「大巨獣ガッパ」の時にも書いたが、一度もSF特撮を撮ったことがないうえにどうみてもSFなどには縁のない監督に、いきなりSFを撮らせるということ自体無謀と言わざるを得ないのは結果が表しているといういい例。「スターウォーズ」もヒロイックファンタジーの宇宙版であるにも関わらず立派なSF映画になっているという結果は一体何が違うのか考えるいいテキストなのではなかろうか。

というわけで、いよいよ話題だけが散々先行していたSF映画「スターウォーズ」が日本でも公開されることになるのだった。同時に「未知との遭遇」も公開となり、SF映画は転換点を迎えたのだった。