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新田真子さんの公開日記

2012年
08月26日
09:54
The Girl Who Could Fly
author Victoria Forester 読了

Piper は空が飛べる。田舎町で農場を営む McCloud 夫婦、信心深く働き者の母に無口な父。二人の間に生まれた女の子 Piper は生まれたときから本能的に空を飛ぶ力を持っていた。普通の人にはない異質なその力を恐れた両親は町の学校にも通わせず、人前で決して飛んではいけないと Piper に言い聞かせていた。しかし、町の祭りの日、同年代の子供たちと初めて親しく接し、彼らに混じって野球の試合で外野を守った Piper は、フライボールをとるために空を飛んでしまう。騒然となる町の人々。ことの成り行きに不安を隠せない両親と Piper の前に、政府が派遣したチームと Dr.Hellion が現れる。Piper のような特殊な能力を持った子供たちを教育する施設I.N.S.A.N.E.に Piper を収容するというのだ。今のままでは町で暮らせないと悟った両親と別れ、Piper はI.N.S.A.N.E.へ。
遠く氷の大地の地下深くに作られたこの施設には Piper と同様に、普通の人が持たない特殊な能力、念力、超天才、超人的怪力、放電、などの特殊な力を持つ子供たちが収容されていた。そこで、Piper は、能力を制御し、普通の人間と同じような暮らしを送れるように厳しく教育されるのだった。だが、I.N.S.A.N.E.には Piper の知らない秘密の目的があったのだ。そして、特殊能力を持つ子供たちに、空を飛ぶ力を見せてしまった時から、Piper の運命は大きく動きはじめるのだった。

SFのテーマのひとつ、超人(新人類、あるいはエスパー)テーマの作品。古くは「人間以上」「オッド・ジョン」などで描かれた超人類モノの流れを汲む作品です。つまりいまどきのスーパーパワーをもった超人ヒーローものではない、ということ。生まれながらに持った力は、決して特別なものではなく、それこそがその人そのものではないのか、という主張は超人類テーマでは意外とありそうでなかったのではないか。冒頭から丁寧に書き込まれた日常描写が、空を飛ぶ人とはこの世界にとって何者なのか、を描くための下準備なんですね。特殊な能力ゆえにもっとも近しい社会、家族からもドロップアウトせざるを得なかったI.N.S.A.N.E.の子供たち。しかし常に前向きで、自分を信じる Piper の出現で彼らも変わっていく。
ちょっと前に読んだ日常の中にある超能力という「 Savvy 」よりも超能力者対社会という昔ながらのテーマ色が強いSFらしいSF。子供たちが動き出す中盤、I.N.S.A.N.E.の本当の目的、最後の戦いへとスピードアップしていく後半は面白いですよ。そしてPiperたちの自分であり続けるという戦いはこの物語だけでは終わらない(決して第2巻に続くとかそういう意味ではなく)というエンディングもよかった。それでちゃんとお話はまとまって終わっていますからね。でも、第2巻が出ても全然おかしくないなあ。どうなんだろうか。


以下ちょいネタバレ。
なので今後この本を読む気になった人は読まないように。








人間だけでなく、地球上のあらゆる生物が進化の過程として超能力を身につける可能性を持ち、実際そのようになっている、というのは結構いいアイディアだなと思いますね。ほとんどの新人類テーマでは超能力を持つのは人間の次の進化だという前提に立っているので、この発想はありそうでなかったのではないか。たまに、類人猿や海洋哺乳類がテレパシーなどの超能力をもつというものはありますが、超能力を持つのは地球生物全体がもつ突然変異の可能性だ、というのはあまりお目にかかったことがないと思うなあ。そういう意味でもこの小説は子供向けとはいえ立派なSFなのだった。